アルプスフライトの相対高度概要。

 北アルプスの中でも絶景の槍ヶ岳、穂高連峰上空を通過。

 アルプスフライトの概要図(神岡町〜松本市)。中央には3000mを越える北アルプス諸峰がある。
   いよいよ今回のフライトでの 最大の危機に遭遇!

6:26 、北アルプス諸峰の絶景に見入っていた石原さんの耳が突然沈黙を捕らえた。
高度5000mを越える今回のフライトでは、バーナーの種火の「シュー」と云う音以外は何も聞こえない。
下界の騒音は勿論、振動もなし。
風と一体化しての飛行なので、時速50km〜100km以上での飛行にかかわらず風を切る音さえも聞こえない。
ただバーナーの種火の「シュー」と云う音が唯一の「雑音」なのである。
「雑音」と云ったが、実はこの音が大事である。 不規則なリズムになったり途切れ途切れになったり、特に全く聞こえなくなった時の怖さはバルーン二スト、とりわけアドベンチャーフライトをする者のみが知る恐怖である。
種火が消えるのにはそれ相当の理由があります。 高高度での気温低下によるガス圧の極端な低下、同じく高高度による酸素不足など、通常の高度(1000m〜2000m前後)では考えられない原因です。
アドベンチャーフライトではこの「沈黙」が怖いのです。
通常のフライトでは経験しない恐怖です。
石原さんは(内心慌てたが表面上)落ち着いてポケットから着火マンを取り出すと着火(発火の段階?)を試みた。
ポケットで暖めておいたので効果があるにちがいない・・・。
しかし・・・点かない!・・ 2本試したが同様・・ 
子供の前なので落ち着きを装う石原さんであった。
今度は先輩に聞いていた「絶対着火できるもの」を(ついに装いを捨てて)慌てて取り出すと、「これなら大丈夫、絶対点く!」と精四郎に説明しながら(実際は自分に言い聞かせながら祈るような気持ちで)着火を試みた。
虚しくカチ カチ という音だけが何度も何度も沈黙の世界に響いた。
先ほどからバルーンが降下しているのを感じた。
次第にその速度も増して行くのも分かった。
一瞬、明日の新聞の朝刊の一面は○○○では・・・・との心配が脳裏をよぎる。

だが一年間準備を重ねてきた石原さんには自分なりに熟慮した末の「最終着火器」があった。
こんな事もあろうかと石原さんが準備していたものは・・

発炎筒 石原さんが準備していたものは発炎筒でした。
北アルプス越えフライトの準備の中で最も気を遣ったのは「フレームアウト」に対する処置でした。
燃料はあっても、種火が消えればバルーンは「落ち」ます。
確実に着火するための最善の「着火器」は何だろう・・・と考えました。
「着火マン」に関しては、低温・低酸素・風有りの状態では使えないと予想していました。
この2回前のアルプス越えで低温による発火困難を経験していました。
今回はそれに低酸素条件が加わりますし、またクロスウインドや急降下による「風有り」も当然考えに入れておかなければなりません。
溶接用の「カチカチ」も、佐賀県の有田フライトで「点き難い」事を経験していました。
低温・低酸素・風有りの状態でも確実に点くものは・・・石原さんは自動車の必携品である「発炎筒」(発煙筒ではない)を思いつきました。
早速古い発炎筒を使って実験をしてみました。
インフレーターで強風を当てながら、(マッチと同じように擦って)点火してみました。
勢い良く発火します、(自身に酸素を入れ込んであるので)水の中に入れても消えません。
これなら低酸素・風有りの状態でも使える・・・と自信を持ちました。
早速近所のホームセンターで「発炎筒」を3本購入し準備しました。

発炎筒で着火できたか! 石原さんは準備していた最終兵器「発炎筒」を取り出すと震える手で擦りました。
手が震えたのはこれ以上の準備はしていない、これが最後の頼みだ!という緊張感からでした。
シューっと音を立てて勢い良く炎があがりました。
すかさずバーナーに着火し勢い良く焚きます。
降下速度が鈍っていくのが分かりました。
やった! 更に焚き込み上昇に転じます。
そのあとレベル飛行に移行します。
やれやれ一安心とホッとするのもつかの間でした。
またもや静寂、フレームアウト!
2本目の「発炎筒」を着火しながら、再び不安が貧弱な頭脳をよぎりました・・・全部で3本しかないよな・・・
もう一度勢い良く上昇。
そのあと3度目のフレームアウト、3度目の上昇中に「このメインバーナーを焚くのを休んだらまたフレームアウトするに違いない!」
気球はぐんぐんと上昇して行きます。(今何フィートか?などと考える余裕はとてもなかった)
長い時間がたったような気がしたが実際は短かったに違いない。
石原さんはメインバーナーを(十分に小さくして)焚きっぱなしにする事を決心した。
火が着いたこまかい「液ガス」が自分達の頭上から降ってくるので危険であるがもうこれ以外に方法はない。
次に地上方向(下)を見ると、なんと松本盆地が切れ掛かっているのが見えた。
わが「駅長」はもう松本盆地を通り過ぎようとしていたのである。
ここを通り越したらまた「山また山」・・・



        地上6000m付近から見た松本盆地

石原さん達は無事にランディングできたか!
急降下
石原さんはとっさにベントを力いっぱい引いた。
上を見ると頂上部がぽっかりと開き、青空が開けていた。
リップではなくベントをしかも高高度でこんなに引いた事は今までになかった。
もちろん我が「駅長」は(ニコニコしたままで)急降下していく。
最初はゆらゆらと揺れ、次にぐるぐると回りだした。
降下速度は15ノット(7〜8m/s)、大気が薄いせいか信じられないほどの降下速度で、下から風がびゅんびゅんと吹いてくる。
風と一緒に地上が 近づいて来る。
東の山肌に流される前に(必ず田んぼ部分に)着陸しないと「大変な事になる」と言う思いがあり、怖いのを振り切って更にもう一回ベントを開く。
更に地上が近づいて来る、田んぼが見る見るうちに大きくなっていく。
「しまった、この速度では地上に激突する!」と判断した石原さんは慌ててバーナーを(勿論ダブルで)焚く。
悲鳴にも似たバーナーの叫び声が緊張の中で続く。
しかし慣性質量が約4トンにもなる我が「駅長」はなかなか速度を落としてくれない。
田んぼまで200ftを切った!。

バウンド
降下速度が鈍ったのを感じた石原さんは今度は必死にベントラインを引いた。
もちろんバウンド後の上昇をなるべく抑えるためである。
ベントラインを引いたまま、親子は田んぼに対して身構えた。
緊張の中、駅長は予想よりは弱い衝撃で田んぼに叩きつけられる。
次に大きくバウンド、状態を確認するためにベントを見上げるとき、まだニコニコと笑っている駅長が見えた。
下降に転じた瞬間今度はバーナーを焚く。
再び次の田んぼが迫ってくる。
今度はソフトランディング。
やった!
親子とも、お互いにほっとしているのが分かった。
山際の道路までは100mほどの余裕しかなかった。
着陸時刻 07:44

ガス抜き、球皮や機材の整理をしていると、もう夢飛行の先輩諸氏が追い着いて来て手際よく回収作業をして下さった。
特に汚れたバスケットを洗って下さったのには恐縮した。





















反省会
恒例どおり、信州蕎麦で「反省会」をして記念写真を撮り、再会を約束する















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   いよいよ北アルプス上空へ
6:20〜7:00 、離陸後1時間前後でいよいよ北アルプス上空へ。
いつもながら人智を超えた創造物に圧倒され、「人間を越えたなにかが確かに存在する」と妙に素直な気持ちになる。
精四郎と「凄い!」を繰り返す。
高度計に目をやると20000ft の数字が見えた。
先ほどより方向を修正するために高度をかなり上げた筈なのに、と思い再度注意深く見るとなんと高度計は20000ft の数字を示したままで固まっていた。
急いでGPSで高度確認をする、000m!!(事情がありにしました。)
気圧は地上の約4割程度、従って酸素も地上の40%しかない。
それまで気付かなかったが、確かに若干息苦しく、軽い頭痛も感じられた。
持参の酸素ボンベを精四郎と交代で吸う事にする。
急にドキドキと鼓動が激しく、速くなった。
声も自分で分かるほど、しどろもどろ調になった。
少しまずいな!・・と石原さんは思った。     

(しかしもっとまずい事がこのあと起こった・・・・・)

  この風景ひとつで、はるばる九州から 気球と一緒にやって来た甲斐あり

  5月と言うのにこの残雪、
  圧倒される!


  凛として汚れの無い大気、静寂・・
   荘厳なまでに美しい穂高連峰


  刻々と北アルプス連峰が近づい
  て来る。

 しかし、安心するのは
 実は早すぎたのです!

 前方に雪を頂いた山々が見えていた

  思わず深呼吸!06:04
 (高度6000mの深呼吸

 上空での東方向には太陽が

 先を行く「坂東太郎」

 登山者が頂上から見れば雲海!

 地上がだんだんと小さくなっていく

 しっかりと・・・

 8kt で上昇

テイクオフ(離陸)スタンバイOK

 インフレ完了

 インフレ開始
5月4日05:41   いよいよ離陸
スタンバイしている時、あの小島氏の方を見て大変な事が判った。  
小島氏が若い女性と2名だけでバスケットに乗り込んでいた。
「ここから飛びます!」と言う彼の宣言は、気象データーをよく分析した結果であったと信じたい石原さんだが・・・。
頭の中で疑念と不安が渦まいていた時、ゴーッ!というバーナーのほえる声と共に小島氏の乗る「坂東太郎」が大地を蹴って上昇し始めた。(5:40テイクオフ)
我に返った石原さんのバーナーONで、我が「駅長」もあとに続き8kt(1ノット=約0.5m/秒、8Ktは約4m/秒 )で上昇する。(5:41テイクオフ)
上昇開始後しばらくは180度(南)方向に振られる。
(ゆっくり上昇すると更に大きく南へ下るので怖いながら8kt程度を維持する。)
「坂東太郎」を見失っては大変!・・・とある意味必死の上昇。
やがて90度(東)方向に飛行し始める。さすが小島氏! 巡航高度は6000m、(ホッと一安心)
景色を楽しむ余裕が出てきた。
2003年5月4日
午前3時半に起床、4時からBC夢飛行の先輩諸氏を中心にブリーフィング。
午前3時の「気象の現況と予測」情報を入手し検討する。昨朝より更に条件は悪くなっている。
この情報の風速では遅過ぎる・・ガスが松本までもたない、何よりも松本まで行ける風向が(ノータムの範囲では)無い、と石原さんは勝手に考えた。
石原さんはこれはパスした方がいいのでは・・と内心思う。
しかし(最終日の)明朝は更に条件は悪化し、九州からやって来て手ぶらで帰る羽目にもなりそうである。
せっかく息子を連れて来たので素晴らしい景色を見せたい、(中学2年生の息子に)父のすごい面(?)を見せたい、何よりも親子で
ひとつ心」になって冒険をしたい! と言う気持ちと、先輩が教えてくれた大切な心構え「キャンセルする勇気」が頭の中で交互に浮かび上がって来る。
参加5チームが真剣に検討している。失敗し事故など起こせばこの後のアルプスフライト計画もノータムの段階で厳しくなるし、何よりも最悪自分や他人の生命にも係わる事でもある、
「4時半までに決定して下さい!」との主催チーム担当者の言葉、頭の中が少し
パニくる
同乗予定の先輩パイロットの増田氏が「風速が足りないようなので燃費を良くするために自分は今回乗らなくてもいいよ」と言って下さった。
この言葉に甘えれば、風速が遅い分は1名分軽くなるのでボンベをその分上乗せできる事でクリアーできる、あとは風向の問題だ。
いかに高度によって違う方向の風にうまく乗るか、又はいくら頑張っても松本まで行けないのか。
4時半が近づく。・・・「私たちはキャンセル(中止)します!」という潔(いさぎよ)い言葉が聞こえてきた。
1チームがキャンセル。  (これが正解かも!・・と思う)
2チームが「アルプスの麓(ふもと)まで移動して離陸する」と伝えた。
これだと風速が遅い事、風向が悪い事の両方をクリアーできる。
現在の地点はアルプスまで約40Km手前なので、あと松本までは約30Kmほどの飛行で済む事になる。
これに対して、ここからの離陸では60〜70Kmの飛行が必要になる。
2時間以上のフライトになるので、この間に風向が変わらないだろうか?、着陸時に風が強くなっていないだろうか?・・・などの不安がある。
(これが正解かも・・しかし石原さんとしては(贅沢にも)物足りない気もする・・・)
アドベンチャーフライトの大先輩小島氏が「ここから飛びます」と宣言、石原さんもつい「私もここから飛びます」と言ってしまった。
(達人小島氏は気象データーを見て何とか松本まで行けると判断したに違いない、きっとそうだ!・・・と石原さんは勝手に自分に言い聞かせた。・・・しかしあとで大変な事が判明する事になる)

BC夢飛行と石原さん(BC風の谷)は急いで宿の払いを済ませ、例年よりも1時間程度早く5時頃から離陸の準備を始める。
BC夢飛行やフライトを潔くキャンセルしたBC埼玉の先輩諸氏が正確にインフレ作業をしてくれる。
去年一緒に飛んだ久保田さんも手伝ってくれる。・・・有難い!
05時30分、離陸準備完了


アルプスフライト終了
こうして私にとって5回目のアルプス越えフライトを終えました。
今回は中2の息子を同乗させることで、ソロフライト(第2回)の時よりも「緊張」しました。
息子はアルプスフライト最年少記録との事。
次は夫婦でのアルプス越えを考えています。

夢飛行(埼玉県)、と埼玉気球クラブの先輩諸氏に感謝し、
またお会いできる事を信じ筆を置く事とします。
BC風の谷、JR九州バルーンチーム 石原十四郎

 案内板のまえで 精四郎

 ・・・

 まさに絵になる 梓川と穂高連峰

十四郎、 精四郎と一緒に 河童橋で

 埼玉のBC夢飛行の先輩諸氏と

 上高地 大正池

 明日の離陸地点の下調べ

 先ず腹ごしらえ

 神社お参り(効果は?)
2003年5月3日
午前4時から主催者であるBC夢飛行の先輩諸氏を中心にブリーフィングを持つ。
午前3時の気象情報を入手し検討した結果、風向・風速が条件を満たさないと言うことでキャンセル(中止)する。
みなさん、頭の中には温泉と食事会がネオンサインのように点いたり消えたりしているのか・・・
朝食後、皆で神社におまいりし、離陸地点の確認のあと上高地散策と やはり温泉めぐりに出発。

 神岡町流れ葉

 東海北陸自動車道ひるがの高原SA

 疲れた・・・

 5月2日朝6時神戸港着

 6時半出航
5回目となる今回は第9子の石原精四郎と出かけました。
2003年5月1日
唯一父と2人で遠くに出かけたことのなかった6男の精四郎と2人で佐賀を出発、ハイエースで新門司港を目指す。
午後6時半フェリーに搭乗、2日午前6時に神戸港に着く。
丁度当日、白装束で話題の東海北陸自動車道飛騨清美ICで降り清美村・高山を経由して神岡町流れ葉に着く。
ここに掲載した写真については著作権はすべて石原さんにあります。また人物・バルーンなど風景以外の被写体には写っている方や所有者の方の肖像権がありますので無断転載や複写はお断りします。人物・バルーンなどが写っていない自然の風景などはご自由にご利用下さい。 なお文章は面白く読んで頂くために石原さんが多少脚色しており、必ずしも事実を忠実に再現してはいません。予め御了承下さい。
夕方は川沿いの露天風呂を探して皆で満喫、川の向かい側の道路からは丸見えだが、そんなことは全然気にしない。 (?)・・・写真なし
帰りはスーパーで宴会用の、いや、計画会用の食料を(自分の好きなものを)どんどん買い込み、「お買い上げ金額当て」を実施。
この「お買い上げ金額当て」は、各人が買い物合計金額を予想し一番近かったものがタダになる(お金を出さなくてもヨイ)というもの。
(去年は石原さんが(実は少しのズルをして)無料だったのだが・・・)
みんな自分が当たるのでは・・・と考え、普段は買えないようなものを気前良く買い物カゴに入れるので結構な金額になる。
今年は勿論石原さんは当たらなかった。
夜遅くまで「計画会」を熱心に行い、明日に備える。
日本アルプス越えフライト第5回(2003年)